企業年金の現場から H28.06

マイナス金利が企業年金に及ぼす影響

 

 日銀のマイナス金利政策の影響で10年国債にもマイナス利回りが定着してきました。

 これを受けて企業年金の受託金融機関の運用実績も下がり、新規のDBの受託営業を控える生保も出てきました。厚生年金基金から脱却して、新しい制度に乗り換えようとしている矢先に、不安の種が1つ出てきたのは困ったことですが、これも冷静に事態を観察して対処することによって被害を最小限にとどめる途はありそうです。

       

 一番問題になるのは昨今提案されている代行返上の妥当性です。一般に基金の提案する代行返上後の新DBは「基金での給付水準を維持しつつ、掛金も基金の水準で賄えるように調整する。」と謳い、多くの場合、終身年金を有期年金にきりかえたり、「基本+アルファ」の部分を廃止したりしてその「調整」を行いますが、問題はその設計が2.0~2.5%の予定利率を前提としていることです。現実は最近の10年国債

利率は▲0.11%です。民間企業の社債を見ても、近々発行予定のトヨタの20年債でも0.4%とされていまして、2.0~2.5%の予定利率にはほど遠い状況です。

外国債を含めると為替リスクを負いますし、株式は価格変動リスクが高く、大きなシェアーで取り入れるわけにはゆきません。

 一般に、予定利率が1%下がると、掛金を20%上げないと、年金設計は均衡しません。

2%下がると、掛金は40%アップです。一気に掛金を引き上げられないとしたら、大きな積立不足が生じます。勿論、こういう代行返上には付き合えないということで、自社独自のDBを設定したとしても、市場は同じですから、運用難には変わりありません。

しかし、こういう代行返上案に乗ってゆきますと、積立不足を弾力的に処理できない怖れがあります。

 つまり、掛金の大幅引き上げができないとすれば、一方で給付減額をすることも考えられるのですが、多数の企業が参加する総合型のDBでは受給者(OBの皆様)の3分の2の同意をとり,且つその際行使できる一時金選択権も放棄してもらうというようなことは実際問題としては実現不可能です。数年前に、単一企業、日本航空のDBで大騒ぎの上かろうじて実現したという事例をご記憶の方もおられるでしょう。また、もし無理に

掛金を引き上げて、それについてこれない企業が掛金不払いに至りますと、その不足分は加入企業が連帯債務としてカバーしなければなりません。何年か前のことですが、神戸のタクシー会社の厚生年金基金で連帯債務問題が発生して、多くのタクシー会社の連鎖倒産が起こった事件もありました。そんなことならDBを解散すればよいではないかということになっても、多額の「解散拠出金」を払わないとそれもできません。

 その点個別企業のDBならば、こういう対応策も単一企業の労使の話し合いで弾力的に対処できます。近く、こういう市場リスクの影響を回避するために、事前にリスク対応のための追加掛金を企業が上乗せ拠出して、それを限度に企業がリスクを負担し、それを超えるリスクは給付減額の形で従業員が負担するという「リスク分担型DB」という安定装置付きの制度がスタートしますが、総合型の代行返上の新DBでは、これも採用不可能でしょう。

 代行返上でなく、基金を一旦解散した上、後継制度としてDBを設立するという場合は、問題はうんと小さくなります。それでも何年か後にはOB受給者ができて、同じ問題が発生しうるということ、連帯債務のリスクを負うことは同じです。

 ここで、もう一度マイナス金利政策の問題に立ち返って、この政策が債券市場にどのようなインパクトをどのような継続性を持って与え続けるのかという観点から考えてみましょう。4年前にデンマークが最初に実行したのに続いてスウェーデンとスイスが採用し、EUの中央銀行であるECBもこれを採用しました。このうちスイスで最も激しく債券市場を直撃し、一時は10年国債の利回りが▲0.4%ぐらいまで低下し、現在でも日本の▲0.11%に対し▲0.27%という低水準にあります。その結果保険や年金の運用が困難になり、大きな問題になりつつあります。

 そもそも日銀がこの政策をとる狙いは何でしょうか。①超緩和によって銀行貸出を促進して2%のインフレを達成してGDPの成長を促すというアベノミクス本来の狙い、②円高を防止または緩和する、③物価と国債利率の差を大きくして、政府の債務を毎年少しづつ目減りさせる、ということでしょう。このうち②は国際的な圧力からそう長く続けにくいのですが①と③はその実効性はともかくとして、長期継続を目指さなければ意味がありません。ですから政府、日銀としては当分この政策を堅持しようとするでしょう。(日経新聞5月9日論評記事も同趣旨)

 こういう観点から、この政策はかなり長期にわたって年金制度の前に立ちはだかる

問題として慎重に対処しなければならないでしょう。

 

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