企業年金の現場から R4.5

年金繰下げ受給と加給年金制度の関係について

 令和3年版「高齢社会白書」(内閣府)によると、現在収入のある仕事をしている60歳以上の 人の約4割が「働けるうちはいつまでも」働きたいと回答、「70歳くらいまで、もしくはそれ以上」との回答と合計すると、約9割の人が高齢期においても高い就労意欲を持っており、この割合は他国と比較して高いことが報告されています。高齢期就労の主な理由は、公的年金制度で賄いきれない老後の生活費確保にあり、高齢期の年金を受給しながら働くことが当たり前の時代になってきました。

 

このような中、2020年に成立した年金制度改正法(令和2年法律第40号)等の施行により2022年4月から年金制度が一部変更(以下、「法改正」といいます)になりました。4月1日より順次施行されることが予定されており、昨年度末からメディアが取り上げる機会が増えています。今回の法改正は、年金受給を間近に控えた中高年齢者はもとより、若年者に至るまで、さらにこれまで社会保険制度と縁がなかった短時間労働者等にも影響があります。働き方が多様化し、夫婦それぞれが別々のお財布を管理する時代へ変化しつつありますが、公的年金制度は法改正を重ね変化し続けてきたとはいえ、必ずしもこのような時代の変化に即応できていない点もあり、注意が必要です。

 

当NPO年金相談センターは、昨年来、数回に渡り、法改正の内容をお伝えしてきました。

今回は、その中でも年金額の増額手法である「年金受給の繰下げ」を検討する場合、家族(特に夫婦)で注意したい加給年金制度との関係を中心に整理してみたいと思います。

 

受給開始年齢が60歳から75歳の間で選択可能

繰下げ受給とは、65歳から受け取れる年金を1年以上後から受給の申出を行うことで1ヶ月あたりの受給額を0.7%ずつ増やす制度です。これまで年金の受給開始年齢は70歳が上限でしたが、2022年4月以降は75歳まで延長できるようになりました。

但し、75歳まで繰下げできるのは2022年4月1日以降に70歳に到達する人(昭和27年4月2日以降に生まれた人)です。

 

繰下げ受給時に注意したい加給年金制度

加給年金は、年金における「家族手当」のような制度で、厚生年金に20年以上加入した人が65歳で年金を受け取る際、65歳未満の配偶者や一定の年齢の子どもがいるときに加算(年額約39万円)されます。加給年金を受け取るには厚生年金の受給が必須なので、仮に年金の繰下げ受給を選択した場合、加給年金を受け取れません。なお、加給年金は繰下げ増額されません。

 

事例1 夫 会社員(厚生年金加入) 妻 専業主婦(第3号被保険者) 世帯

● 妻が夫より年下の場合

例えば、妻が5歳年下であれば、夫が65歳から年金を受け取り始めると70歳までの5年間に合計約195万円の加給年金が加算されます。しかし、夫が受給年齢を70歳まで繰下げた場合、加給年金は加算されません。

加給年金を受けとりつつ受給繰下げによる年金増額メリットを得るためには、夫は厚生年金を65歳から受取り、老齢基礎年金だけを繰り下げ増額を図る方法があります。

特に、夫婦の年齢差が大きい場合は、加給年金額も高額となりますので、厚生年金の増額と加給年金額を比較しつつ、繰下げを検討する必要があります。

● 妻が夫より年上の場合

夫が65歳に到達した時点で妻が65歳以上のため夫に加給年金は加算されません。従って、加給年金額を気にすることなく、厚生年金、老齢年金ともに繰下げによる年金増額の検討が可能となります。

 

事例2 夫 会社員(厚生年金加入) 妻 厚生年金(旧共済年金加入期間も含む) 世帯

前述のとおり、加給年金は生計が年金で維持されている家計に対する家族手当の目的で加算されます。妻が「十分な年金 (厚生年金被保険者期間の月数が240以上で、65歳前の特別老齢厚生年金を受け取れる)」を受けとる場合は加給年金は加算されません。従って、加給年金額を気にすることなく、厚生年金、老齢年金ともに繰下げによる年金増額の検討が可能となります。

注意したいのは、夫が65歳到達した時点で加給年金の加算が開始された場合であっても、妻が65歳前に「十分な年金」をもらえるようになった場合は、途中で加給年金の加算が停止される点です。夫婦の厚生年金受給見込みを確認しながら、厚生年金の増額と加給年金額を比較しつつ、繰下げを検討する必要があります。

 

以上のように、今回の法改正により高齢期の働き方の選択肢が増えるメリットがある一方、家族の年金受給スケジュールを視野に入れたライフプランを考える必要性がさらに高まってきました。事業主の皆様は、今まで以上に従業員を対象とする金融リテラシーを高める継続教育の重要性を実感される機会が増えるのではないでしょうか。                                            文責:臼木万里子

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