企業年金の現場から H28.09

「マイナス金利政策の厚年基金の「後継制度」への影響  ~大きなリスクをはらむ制度に~」

  

 今年1月29日に、日銀は銀行の当座預金の一部にマイナス金利を適用することを決定しました。これ自体の銀行経営に与える影響もさることながら、中長期の金利体系全般に与える影響は甚大です。当座預金の金利は▲0.1%ですが、10年国債の利回りは▲0.25%あたりまで下降し、その影響を受けて、大手企業の  社債も10年もので0.2〜0.3%、20年ものでも0.3~0.6%という水準です。

 

 これでは多くの基金が代行返上後や解散後の「後継制度」として2.5%ぐらいの予定利率で設計しているDBは成立しないことは明らかです。かといって、株式や外債等の比重を高めますと、厚生年金基金が「いつかきた途」を歩むことになりかねません。

 

 厚生年金基金は平成12年度~14年度の3年間に▲27%の運用となり、リーマン・ショックの2008年には単年度で▲18%の資産目減りを経験しました。その旧基金事務局が主導する資産運用委員会が「後継制度」の資産を運用するのです。   

 

 尤も、そういうリスクを避けて、基金の代替処置として、自社独自の制度を立ち上げた場合でも、同じ市場が相手ですから、運用難は同じです。でも自社年金制度であれば、会社が直接金融機関と相談して運用方針を決められます。集合型の「後継制度」の場合、金融機関は旧基金事務局が主導する委員会から発注された範囲でしか相談に乗れません。だからAIJのような機関が入り込んでくる余地があるのです。

 

 もう1つの大きな違いは、市況悪化による積立不足が発生した場合の対処の仕方の  自由度や弾力性の差です。

 

①大きな損失が出た場合、若干の給付減額を行おうとしても、「後継制度」の場合は実際上不可能です。給付減額を行うには、受給者の2/3の同意と,本来  与えられていた最低積立基準額相当の一時金の請求権も放棄してもらう必要があります。   

10年くらい前に日本航空のDBでこの問題が紛糾しました。「日航一家」というような社風の中で、後輩がOBに日参して、やっと必要な同意を取り付けたよう  ですが、これを多数の企業の集合体である総合型基金の「後継制度」でやれるとは思えません。   

 

②給付減額ができないとなると、解決法は掛金の引き上げしかありません。   

 

③多数の加入企業の中には、掛金引き上げについてゆけなくなり、掛金不払いに至る企業もあり得ます。この穴は他の企業の連帯債務として埋められなければなりません。     

 

④そんなことなら、いっそ解散したらという考えもありますが、その大きな積立不足全部を、これもまた連帯債務として払い込まなければなりません。   

 

 自社独自制度であれば、そういう混乱に巻き込まれることなく、会社の労使の話し合いで現実的な解決を図れるのです。   

 

 さて、こうした問題を突き付けてくるマイナス金利政策の将来の動きについて  考えてみましょう。   

 

 10年満期まで持てば明らかに損をするマイナス金利債券を、なぜ投資家は買うのでしょう。それは、近い将来、マイナス利率がさらに下がり(深化する)、その結果今買った債券元本の価格が上がり、その上がった価格で日銀が買ってくれると見通せるから買うのです。だからマイナス金利国債が継続的に発行されるためには、先行き少しづつでもマイナス利率が深化してゆくことが必要です。   

 

 日本に数年先立って導入した欧州諸国はそうでした。スウェーデンの10年  国債は▲1.25%まで深化しています。勿論、事情によってはそう1本調子で  深化するものでもありません。現に日銀が国債購入は一休みして、ETF  (上場投資信託)に力点を置くような姿勢も見せると、一旦は▲0.25%まで  深化した利率は、最近では(8月30日)▲0.08%ぐらいまで戻しています。   

 

 しかし今後も政府は積極財政支出のための国債発行のテンポを緩めるわけにもゆきませんし、発行した国債は日銀に買ってもらう体制も維持したいことでしょう。紆余曲折はあっても、マイナス金利政策は今後も基調的に継続されてゆくことでしょう。    

 

 1つの基調的な変化があり得るとすれば、政府・日銀が実質的な「ヘリコプター・マネー」政策を導入した場合です。10年国債でなく、40年、60年の永久債に近い超長期債を発行して(当面返済しなくてもよい)、それを原資に公共投資等を拡大する場合です。もし生産性の向上やそのための産業政策もなく、ヘリコプターを飛ばすと、物価もGDPも金利も平行して上がる「スタグフレーション」になる可能性があります。     

 

 その場合、名目金利は上がりますので、企業年金の2.5%の予定利率は実現し、その制度は計画通り均衡します。しかし、加入員が受け取る給付金はインフレに  より減価したものになります。制度の「均衡」は必ずしも制度の問題の「解決」にはならないのです。この意味で、マイナス金利政策によって「後継制度」が抱えた運用上の矛盾は、実質支給額の目減りという形を変えた矛盾として残ることになります。

  

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